被災地海岸物語(上)
http://b.hatena.ne.jp/buhikun/20120110#bookmark-75188945
この件につき、外圧から逃げ回ってましたが、ようやく公開します。
ただ、時間的に押してるんで、多少粗いのはご容赦を<m(__)m>
1)今回行程は、瓢箪から駒
去年12月から今の仕事に就いて、土曜出勤も多く、遠出はむずいと思っていた。
ブログ前記事にも書いたけど、年末年始休みも結構慌ただしかった。
そこへ1/7~9の3連休ですよ!
まず浮かんだのが、「きたぐに」廃止の件。
http://rail.hobidas.com/blog/natori/archives/2011/12/16_1.html
次いで浮かんだのが、被災地巡礼の件。
http://d.hatena.ne.jp/tetzl/20120102/1325497867
1/7の昼まで立川で受診だったんだけど、ちょっと調べたら、普通列車乗り継ぎ(青春18)で大阪に晩遅く着けるとのこと。
で、立川→大阪→新潟→東北地方で調べたが、JR利用ではどうやっても福島・宮城着は午後かなり遅くになる。
よって、「きたぐに」乗車は先送りして、東北探訪に特化することに。
7日は、ぼちぼちと北に向かって、宇都宮で餃子屋にも寄り、福島駅前に投宿した。
2)相馬原ノ町編
相双地方の常磐線が離れた線路で再開することはネット上で見聞きしていた。
ただ離れた線路なので、バスのお世話になることは承知で、覚悟はしていた。
このサイトを見て、予定を組んだ。
http://www.minami-soma.com/kanko/modules/d3blog_2/details.php?bid=16
福島~相馬~南相馬と運行されていた福島交通バスが、常磐線一部復旧とともに再編されている。
南相馬に直行するバスは1日3本となっているが、相馬行きはもっと多い(リンク先参照)。
ここについてはTogetterを見て頂ければだいたいおKだが、数点補足。
原ノ町に降りたって、駅前の日常ぶりに少し肩すかしを食った面もある。
緊急避難区域のチェックポイントも、車なしでは到底辿り着けまいと思い、早々に断念した。
駅前で折り返しの電車待つ間は、陸封された電車の撮影もしたけど、おもろい風景も見た。
地元の観光バス会社が臨時の仙台直行バスを走らせとる。結構乗ってる人も多かった。
まあ、稼ぎなはれ(苦笑)
あとは、相馬から亘理に向かう6号線沿い、海側の田んぼに多数人が出て、ビニ袋もって何か拾ってた。
これについては不明としか。
新地は、常磐線列車が罹災したり、教習所が罹災した所と思われるが、6号線からは多くを感じ得なかった。
3)石巻から仙石線沿線に
石巻については、Togetterでも触れたとおり、石巻駅下車とその後でコペルニクス的転回があったところ。
イオン石巻は、内陸だけに何ら日常が変わらず展開してた。
石巻中心街の写真を数枚上げる。
これは震災に耐えてよく頑張った!と思うが、閉鎖されている模様。内部はわからん。
見づらいが、道路が褶曲しており、右の赤いのが石ノ森章太郎作品のモニュメント。
鳥取県西部地震いう大地震があったが、境港の水木しげるロードが震災に遭ったらどうなるかとか考えると、もにょる(苦笑)
さて、Togetterでは、仙石線復旧区間に乗り、代行バスに乗ったところで唐突に中絶している。
このことについて。
矢本駅から代行バスに乗り、東松島市域に踏み入れば、被災状況が深刻化してくる。
吉田川を渡ると目に見えてきて、コンクリート造りで堅固に見える排水機場も、柱を残して流失している有様(写真なし)。
野蒜駅前の商店の被災状況を写していた時だ。
運転士に厳しい目線で睨まれた。
自分としては、商業メディアに取り上げられない被災状況を何らかの形で知覚し、伝達したいと思っており、
そのこと自体とがめられるべきでもないと考え、
よそものが入ることも推奨されこそすれとがめられるような筋合いでもないとは思った。
しかし、
地元住民の感情を酌めば、このようなていたらくを面白半分に拾っているようにも思えるかも知れない。
自分は黙ってGalaxyをポケットに収めた。
この直後、野蒜駅構内で、架線が地面まで垂下している現場を目撃したが、写真はない。
残念ではある。
未完。(中)に続く